応援してもらいたかったら、まず自分が応援すること

ふかいあつしの取説

応援という言葉の意味

SNSの投稿を見ていて思うことがある。
「頑張るのでよろしくお願いします!」

当然この言葉を見て、応援するよ!とか、頑張ってね。ってコメントをする。

この当たり前のことに、何か違和感を感じるのはぼくだけだろうか?

あつし

特別自分が何かを応援してるわけでもないのに、自分だけが要求しているように見えなくもない。
ぼくがこれらの投稿を見て感じることは、「応援という言葉や頑張ってね!という文言だけで」実際は応援してもらえないんじゃないだろうか。

少なくともぼくはこれらの投稿を見て、応援することもなければ、頑張ってね。とも言わない。
勝手に頑張ればいい。

吐いて投げ捨てた言葉のように感じるけども、僕たちは生きる上で、フィルターを通して、関わりを持つか決めている。

もし、仮に助けたいと思っても、本当に関わりがない人を人は助けることは難しいんじゃないだろうか。
その人の泥臭さや、人間味を知ってこそ、応援という言葉に変わる。

長野県の牧師さんを紹介していただき、緊張混じりで会いに行った
新聞販売店の息子こと ふかいあつしです。

では応援される人ってどんな人なんだろうか?
謙虚であること
・助けたい思われる存在になること

やっぱり、助けたいと思われる存在にならないと他人からは援助してもらえない。
本当の意味で困った時に助けてくれる友人こそを一番大切にすべき存在だったりする。

SNSでの友達が多いからと言っても、ぼくたちのことを助けてくれるわけではない。

また、よく見受けられるのが、過去を否定して、未来を肯定する若者。

「ぼくはあの頃の人たちの行いが悪かったから、今が良くないと思う」
こんなこと言ったら最悪だよね。

実はこれをぼくは言っていたので、良くわかるんだけど、あの頃の大人も「少し昔の大人に対して不満は持っている」
でも、受け入れることで、自分たちの時代はあの頃があったから今があるって思えるようになるんだよね。

あの頃はあの頃で大変で、今は今で大変なのだ。

応援してもらいたかったら|まとめ

・まず過去を否定することをやめる。
過去を否定することは簡単だし、自分を肯定することに繋がる。
でも、その過去をも否定することは自分の存在意義も否定することになる。

・どんな状況になっても謙虚でい続けること

自分を応援してもらうためには自分以外の誰かが間接的に広めてくれるから成功しやすいのであって、謙虚でいることが大切。
言葉遣いも当然そうだ。「先輩だから謙虚ではなく、後輩であっても謙虚に対応する」

・自分が応援したい人を利他で応援し続けていくこと。
困った時に助けてくれるのは本当の仲間だけど、そのためには自分が率先的に応援していくことが大切。
助けるからこそ、助けられる関係が成り立つと思うんだよね。
助けられたいなら、まず、自分が助けたい人を応援していく。

この世の中は、人間関係の社会だからこそ、
人を助けることで、助けられる関係性が出来上がる。
助けて欲しいなら、まず助けてみる。
周りが共感してくれることで、自分も助けられる存在になるのだ。

それじゃあ、また。

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ふかいあつし

ふかいあつし

1986年、長野県生まれ。田舎ののんびりした空気でスクスク育つ。大学時代は憧れで都会の愛知県に行って一人暮らしをするもコミュニケーションが出来ずに孤立を味わうことになる。卒業後は、家業の新聞屋にて就職。2年後に会社の過去の清算をすることを機に、幸せとは何かを考え始める。目指すは自分の真理を多くの人に伝えられるようになること。