執着との決別|さらば愛しき日々よ。

メンタル・健康

心の弱さと向き合う方法とは

このブログはこれらの人に向けて書いています。

・心の弱さの向き合い方のヒントを知りたい人
・ぬいぐるみとの向き合い方を知りたい人


高校の修学旅行で沖縄に行ってからゴーヤのぬいぐるみに一目惚れして以来ずっと可愛がってきました。
ぼくにとっては大好きなお友達であり、ぼく自身の一部でした。今までは。

この度、ぼく自身の心のあり方が大きく変わり手放す決意しました。その理由は順を追って説明していきます。ただ言えることは自分の心の弱さと向き合えたからだと思うんですよね。

執着があることはいけないわけじゃない。でも自分の成長に合致しているものなのか見極める必要は大いにあるのではないでしょうか。

ぬいぐるみを持つきっかけ

今から13年ほど前、高校2年生の沖縄修学旅行の恩納村のお土産売り場にてぼくはゴーヤちゃんを一目惚れしました。
同級生がぬいぐるみを見ているのを押し切って買ったのを今でも覚えています。それだけぼくにしたら衝撃的な出会いとなりました。

当時のぼくは笑うことも出来ずに眉間にシワを寄っていて、モテる男とは到底かけ離れたものでした。そんなぼくにゴーヤは笑いながら、微笑みかけてくれたそんな感じがしたんです。

ぬいぐるみを持った理由

ちょうど修学旅行の1週間前に仲の良い友人が中退したんですよね。ぼくは心中穏やかではなく大切な友人を失い、不安で一杯でした。

新しい友人を作るにはどうしたらいいのだろうか。そんな不安の時にぬいぐるみに出逢ったんです。きっとぬいぐるみがぼくを救ってくれる。友人を失った悲しみから笑っているゴーヤちゃんの笑顔がぼくにとってみたら神がかっていたのかも知れません。

実はぬいぐるみを持っていた理由も心理学で説明出来ちゃうんですね。エリクソンの「人間の成長の8段階」の考え方を学んで気付いちゃったんですよね。これは人は生まれてから死ぬまでを8つのステップに分けて考えるんです。
この乳児期の基本的不信にぼくの特徴がモロに当てはまっていたんですよね(笑)

そもそも乳児期とは

赤ちゃんにとっては、親の愛情が、生きる栄養素になります。幼児にとっては口唇のスキンシップが大変重要になります

そこで満足が得られないと身近な指で満足を求めたりするんですよね。爪噛んだり、手を口元に持っていく行為は満足が得られていない可能性が大いにあるわけです。乳児期に満たされないと、信頼ではなく不信に変わり、世界に対する不安から、自分の存在への不信になります。
その後の成長で劣等感が強くなったり、悲観的に物事を考えたりするんです。(引用)

その結果として、スキンシップの代償としてぬいぐるみや枕を抱いて寝たり、他人の評価を気にしたりしちゃうんです。

これぼくじゃないか(笑)学んだ時にぼくじゃんって思いましたよ。
でもそんなある時です。心に変化が起こる出来事があったんですよね。その時に電気が走ってお別れしようって決断することにしたんですよ。

執着と決別して成長する意味とは

高速音読している書籍に中に小澤竹俊さんという方がいらっしゃいます。彼は診療医療を専門にしていて、今まで2800人以上を看取ってきた中で幸せとは何かを本にしています。

そこで悩む意味をこう答えています。人は生まれてから死ぬまで人は悩み苦しむほど成長する。

ぼくはぬいぐるみを表向きは可愛いと思って購入しました。
でも実際は去った友人の心を埋める存在として出逢っていたものなんですよね。

13年間、ぼくが弱い時にそばにいて支えてくれていた。何も語ることはないけど、それだけぼくに安心感というものを与えてくれていたんですよね。

そしてそのことが依存だと気付きながらも距離を置けずにいました。でも今回心にある変化が起こったのを機に一番大切にしている友人であるゴーヤちゃんとお別れする決意をしたんです。

今世ではぼくを支えてくれて本当にありがとう!君たちと出逢ったことはぼくにとって最高の財産だよ。感謝の気持ちで胸が一杯です。
来世ではまた一緒に遊ぼうね。すごく楽しみにしてるよー 

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ふかいあつし

ふかいあつし

1986年、長野県生まれ。田舎ののんびりした空気でスクスク育つ。大学時代は憧れで都会の愛知県に行って一人暮らしをするもコミュニケーションが出来ずに孤立を味わうことになる。卒業後は、家業の新聞屋にて就職。2年後に会社の過去の清算をすることを機に、幸せとは何かを考え始める。目指すは自分の真理を多くの人に伝えられるようになること。