呼ばれるときが行くとき、伊勢神宮にお参りする理由

メンタル・健康

伊勢神宮を参拝したいと思った時は神々に呼ばれている

このブログはこれらの人に向けて書いてます。

・伊勢神宮にお参りする理由を知りたい人
・心を見直したい人

もうかれこれ8年、伊勢神宮にお参りしていない。
頭の中に思い出すことがあっても、行こうと思わなかったんだよね。
でも、8年間の成長を機にふと行こうと思ったんです。
この期間はぼくを本当の意味で成長させてくれました。

SNSで友人に当たる大先輩がぼくのことを容赦無くアドバイスしてくれたこと。
沢山の大切な仲間に出会えたこと。
自分の心をの弱さを知ることが出来たこと

どれ一つ欠けても今のぼくになりませんでした。
それだけぼくに多大な影響を与えてくださったわけです。
そして、そのどれをも真正面に受けてきたからこその成長だとも思うわけであります。もっと軽く受け流したり出来たら良いんだけど、そんなに器用じゃない。だからこその今があるわけです。

さて、2018年も4ヶ月が過ぎ、仕事やプライベートに翻弄されていることもあって心がだいぶ弱くなってきました。全ては捉え方次第と分かっていても、器用にこなせるわけではないので、つい真正面から受けてしまうんです。

受容力(受けとる力)の低下もあり、心を見直す意味も込めて、この機会に伊勢神宮にお参りに行こうと思います。

伊勢神宮とは…

「お伊勢さん」「大神宮さん」と親しく呼ばれる伊勢神宮は、正式には「神宮」といいます。
神宮には、皇室の御祖先の神と仰ぎ、私たち国民の大御祖神おおみおやがみとして崇敬を集める天照大御神あまてらすおおみかみをお祀りする内宮ないくう(皇大神宮こうたいじんぐう)と、衣食住を始め産業の守り神である豊受大御神とようけのおおみかみをお祀りする外宮げくう(豊受大神宮とようけだいじんぐう)を始め、14所の別宮べつぐう、43所の摂社せっしゃ、24所の末社まっしゃ、42所の所管社しょかんしゃがあります。これら125の宮社全てをふくめて神宮といいます。

伊勢神宮を参拝する理由


国民の大御祖神おおみおやがみとして崇敬を集める天照大御神をお祀りしている神宮。日本人の心の祖として感謝を捧げると共に、新しい成長する自分を見守り頂きたいと思い参拝することにしました。

今まで沢山の仲間や大切な人に出逢ってきましたが、正直誰が一番大切か分からないんですよね。
ぼくの心の中にある永遠の安定。簡単に手に入らないことは分かっていますが、自分の努力や行動が報われるようにお導き下さいってお願いをするつもりです。

自分の出来る最大限の努力をした上で、天命を待つ。

自分の好きなことをお願いしたければ、荒祭宮に行くべし

神社でお参りする時に、自分のことをお願いするのは良くありません。
今日まで日本が平和で良かったなど。国家や国民が健康で生きられることに感謝するところなんですよね。
実は伊勢神宮にも自分のお願いをしても良いところがあります。

それが荒祭宮なのです。

ここには天照皇大御神の荒御魂(あらみたま)が祀られています。
「荒魂」は神様の荒々しい一面のこと(性格)で、ものすごいパワーを持っています。新しいものを生み出す創造のエネルギーはここから発生しますので、個人的なお願い事をするには荒祭宮でするのだそうです。

一生懸命に取り組んでいれば神様も見てくださる。


神頼みはすごく良いと考える人が多いそうです。

ですが、努力していない人間を神様が見てくださるのでしょうか?

自分の出来ることを一生懸命取り組んでいれば、「この子、方向性は合っているから、少し合図送ってあげようかな」って思うのではないでしょうか。出来る限りに頑張るからこそ時間は掛かっても形になってくる。

ぼくはそう思うんですよね。

ぼくはスマート生きている人に憧れを抱く傾向があります。でもスマートに生きることが難しいんです。
それを教えてくれるかのように、友人から「深井くんは端から見たら岸辺が見える海で溺れているように見えるかもしれないね。」だってさ。

メンタルを学んだとはいえ、常に真正面に受けてしまう傾向があるので仕方がないんだよね。
沢山の大切な人に出逢っても、どの人が本当に大切な人か分からない。

一度、心を見直してみて向き合いたいと思うのです。

ふかい

伊勢神宮は行きたいと思った時が呼ばれている時、良かったら行ってみて下さい。

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ふかいあつし

ふかいあつし

1986年、長野県生まれ。田舎ののんびりした空気でスクスク育つ。大学時代は憧れで都会の愛知県に行って一人暮らしをするもコミュニケーションが出来ずに孤立を味わうことになる。卒業後は、家業の新聞屋にて就職。2年後に会社の過去の清算をすることを機に、幸せとは何かを考え始める。目指すは自分の真理を多くの人に伝えられるようになること。