未熟だからこそ学び続ける

メンタル・健康

未熟って何も能力が足りてないってことじゃない!

このブログはこれらのことを知りたい人に向けて書いています。

未熟とはどういう意味か
・人が勉強する意味

ぼくの中で未熟という言葉を思い浮かべると=謙虚さ・素直さが足りてないと出てくる。
それだけ謙虚さや素直さに心当たりがあるということだろう。だからこそこの未熟ということを考えたくなったのかもしれない。

他にも未熟はこの意味じゃないかなと教えてくれた先輩もいました。

・成長
・努力
・向上心

正直どれが正解なんかはない。強いて言えば、このブログを読んでくださった貴方が知っている答えがあるはずと思うのだ。
ぼくには未熟という言葉が素直と謙虚が出てきただけだからね。

さて、人は何故学び続けるのか。このテーマでブログを進めていく。

現状維持は退化と変わらない


人間は面白い生き物で、何もしないとどんどん衰えていく生物らしい。

何もしないと選択をした瞬間から退化が始まっていくということ。普段、あまりに忙して休みの日に身体を休めることは別にしても、何かしていなければ衰えていく。江戸川コナンの見た目は子供、中身は大人の真逆になっていってしまうのだ。

だからこそ、何かをしていた方がいいのだ。自分の好きなことを極めても良いし、やりたいことがあったら存分にしたら良いと思う。ただし自分の責任でね。責任が取れれば何をやっても良いと思うんだよね。

間違っていれば、処分されるわけだし、覚悟と責任って本当に大切じゃないかな。本当に自分のために成長したければ現状維持はナンセンスなのだ。

現状維持が退化していくことは分かったと思う。

次に何故学ぶのか。心の部分に迫っていく

学ぶということは自分の弱さを受け入れること


学ぶ意欲のある人は努力や向上心、そしてぼくみたいに素直さや謙虚さを改めたいところがあると思う。
でも、この頃は全然自分を認めらていなかったなぁ。

自分の足りていない現状を見つめて、少しでも現状とは変わった視点を取り込むためにやっているんだよね。この変わった視点が大切で、その視点を取り入れるために現状を認め、そして心の中で許して次に進んで行く

つまり、この2つが頭の中で処理されている状態じゃないかな

・認める(寄り添う)
・許す(受け入れる)

を超えたというか、受け入れた瞬間に学んでいることに他ならないのではないのか。

とはいえ、人間はすごく面白い生き物で、学んで今までの関連づくこともあれば、その逆もあったりする。
関連付けされたことが覚えられていない状態。つまり長期記憶から忘れ去られている存在(笑)

でもこの状態もすごく大切だと思う。
なぜなら、学んだことがその時に関連づくかは分からないんだよね。
ある時突然に関連づくこともあるわけだしさ。
それは以前書いた拙者のブログを読んでほしい。

複利効果の大切さ|知識が知恵に化ける

最初は好きで始めたことが点だったとしても、人生を重ねることで線になる日があるかもしれないんだよ。

いつ関連付くかなんて誰にも分からないんだからね。だからこそ、学ぶことを辞めたらそこで試合が終了しちゃうんだよね。

まず認めてあげる。(自分と寄り添ってでも良いかもね)その上で、許してあげる(ここまでの私も悪くなかった、今までありがとうって)
そうすることで、未熟であっても学び続けることが出来るのではないのか。

先人から学ぼう「人間は思考の生き物である」


フランスの思想家「パスカル」の代表作パンせにこの言葉がある

「人間は自然のうちで最も弱い葦の一茎に過ぎない、だがそれは考える葦である」

つまり、自然界おいて弱い生き物だが、人間は考えることで困難を乗り越えてきた生き物である。と人間の本質を表現したもの。

言われてみたらそうだよね。
人間は自然界で最も弱い生き物。だけど、経済という仕組みを作ったりして、平和に生きることが出来る社会を創ったりしているんだからね。それも考えることが出来たからこその人間の強みと言えるのではないだろうか。

ぼくが思うに人は常に未熟である。おそらく死ぬまで未熟なのかもしれない。親だから賢いとか、勉強が出来るから偉いとか。間違いとは言わないけど何か違う気がする。ぼくがブログを書いたり、投資のことを書いてスゴイねって言ってもらえたりするんだけど、たまたまぼくが出来たに過ぎないと思うんだよね。

誰もが出来る能力を身にまとっている。
大切なのはその力をどう発揮させるか。
自分の弱みを認めて、許すことでしか前には進めない。

ぼくに大切なことを教えてくれた先輩がこの言葉を教えてくれました。

ふかい

学ぶことで自分の未熟さに気づく

この言葉を聞いて、本当に深いって思いましたし、素直とか謙虚とか言ってるうちはダメなのかもしれませんね。
ずっと未熟であり、謙虚でありたいとあり方を考えたのでした。

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ふかいあつし

ふかいあつし

1986年、長野県生まれ。田舎ののんびりした空気でスクスク育つ。大学時代は憧れで都会の愛知県に行って一人暮らしをするもコミュニケーションが出来ずに孤立を味わうことになる。卒業後は、家業の新聞屋にて就職。2年後に会社の過去の清算をすることを機に、幸せとは何かを考え始める。目指すは自分の真理を多くの人に伝えられるようになること。