友達を増やしても、行動が伴わなければ価値はそのまま|SNS

メディア考察

SNSで友達を増やしても行動をしなければお金持ちにはなれない

あなたの能力はあなたの友人の平均値である。

先輩から教えて頂いた言葉で今も胸の中に残っています。

それだけこの言葉の意味が衝撃だったのでしょう。

コミュニケーションツールとしてSNSが台頭するようになってから、友達を増やすことが自分の豊かさに繋がると考えられてきた。

フェイスブックで友達が1000人いたら、宿泊料を割引するところもあったりするし、ツイッターのフォロワー数に応じて、食事代が割引されたりもする。

でも数は数だけでしかなく、そこに質も伴わなければ数の役割を果たすことは出来ない。

SNSを初めて4年ほどになるが、この間に先輩を通じて、普段なら出逢うことができない方と数多く、実に700名以上の友達を増やしてきた。

SNSを始めた当初は、友達を増やせばビジネスにも生きると思ったし、沢山友人が入れば助けてもらえると信じていました。

でも今はというと、きっとぼくを助けてくれる人は居ないし、ぼく自身が努力をし続けなければ見捨てられる。とさえ思うようになりました。

実際に、聞いたわけでもないのに、なんでそう思うのか。今回はこの部分を四年間通して感じたことを書いていく。

SNSは友達を増やすツールではない|SNS

SNSを活用している人なら誰もがご存知のことだろうが、闇雲に友人を増やしても全く意味がないということだ。

SNSでは質のある友達を増やさないと価値を見出さないなのなんだよね。

この質とは関係性のことを示していて、友人の数の多さではなく、関係性の深さだったりするわけです。

関係性の浅い友人が数多くいても、SNSの本領を発揮することは出来ません。

例え、友人の数が少なくても、その友人を大切にしている人はSNSでの効果を最大限に活用することができる。

そうすることでビジネスへの幅も広がり、友人のみならず、新規のお客さんにも興味を持ってもらえるようになる。

SNSを最大限活用したければ、自分の行動をアップし続けること|SNS

何も自分のしていることを逐一アップしろ!と言っているわけではなくて、要所要所でこんなことをしているという投稿は活用する上で大切なように思う。というのも、SNSでビジネスのことだけを上げ続けていると、この人はビジネスのことばかりで売り込みだけの投稿になってしまいかねない。

そうではなく、自分らしさ。貴方のありのままの姿を投影していくことが大切なように思うのだ。

また、行動を上げ続けることによって、見えない努力が可視化されることになる。

中には努力って見せない方が良いっていうけど、うまく活用できるなら見せた方が良いんじゃないかなと思うのだ。

でもね、自慢になる投稿だったり、嫌悪感を抱く投稿は控えた方が良いのも忘れてはいけないポイント。

行動する本質は、自分自身の価値を上げることにある。

感情の高ぶりによって、衝動的なこともあるだろうが、大抵は目的を持って行動する。

目的を持つということは、つまり自分の成長のために行動をしていることに他ならない。

私自身は行動することによって価値が上がり、自分の成長に繋がると考えているのだ。

だから行動しなければ何の意味もないし、SNSの評価も上がることはない。

あなたの能力はあなたの友人の平均値である|SNS

関わり方次第で評価は変われど、能力は関わる友人の平均値。

ぼく自身、この言葉を聞いてもっと頑張らないといけないって思ったんだよね。

いくら平均であっても、ぼくがその力を押し下げているのではないだろうか。と考えたりもするのです。

また、世の中が疲弊して、ゆとりがない中で、ぼくに手を差し出してくれる人は居ないだろうなとも感じたのです。

おそらくですが、自分の問題で手いっぱいで、他人の力を貸すことだってないかもしれない。

ふかい

それに、自律できるようになってから、人の手を借りるの最終段階という気持ちと申し訳なさがあるんだよね。

SNSでは表面的な友人ではなく、繋がりのある。つまり関係性のある友人とコミュニケーションをとっていこーーー

そうしたら、貴方の努力に共感して救いの手を差し出してくれるかもね。

でも自分の努力が前提だからね。忘れないようにがんばろーーーー

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ふかいあつし

ふかいあつし

1986年、長野県生まれ。田舎ののんびりした空気でスクスク育つ。大学時代は憧れで都会の愛知県に行って一人暮らしをするもコミュニケーションが出来ずに孤立を味わうことになる。卒業後は、家業の新聞屋にて就職。2年後に会社の過去の清算をすることを機に、幸せとは何かを考え始める。目指すは自分の真理を多くの人に伝えられるようになること。