ちびまる子は日常の大切さをおもしろ・可笑しく伝えてくれている。

ふかいあつしの取説

ぼくの青春はちびまる子そのものだ

昨夜ちびまる子の原作者「さくらももこさんが亡くなった」ニュースが世間を駆け巡った。

1986年生まれのぼくが幼少期のみならず、今でも見ているちびまる子ちゃん。

原作者はさぞかしお年を召した方なんだろうなと思っていたら、年齢を知ってびっくりした。

まだ53歳だったんだねと。この若さでこの世を去ったことに対する無念もあると思う

心からご冥福をお祈りしたい。

さて、ちびまる子から何を感じたのか振り返ってみると、日常の大切さだと思うんだよね。

なんの変哲も無い日常ほど、おもしろ・可笑しく伝えるのは難しい。

ちびまる子から感じたのは、何も変わらない日常を大切に生きることなんだと思う。

人は日常ではなく非日常に感動や興奮を覚える生き物


以前ぼくが書いたブログにもあるんだけど、人は日常ではなく非日常に感動を覚える生き物なんだよね。

時間が早く過ぎると感じるのは感動が足りないから|充実感を意識したい

大人になればなるほど、経験値を積んで日々起きることに関して感動を覚えなくなるんだよね。

小学生の頃覚えているかな?

一日、一日、時間が経つの遅かったんだと思うんだよ。

あれはね、知らない体験を通じて感動を覚えているんだよね。

でも、大人になると、暗黙の世間のルールを知ってしまって、自分の行動に蓋をしてしまうんだ。

そうすると、好きなことをしている時間だけはあっという間に過ぎていくけど、日常の時間が過ぎていくのが遅く感じられるようになるんだよ。

だからね、日常をより大切に大切に生きていくことが必要だと思うんだ。

何気ない日常は平和そのものなんだよ


ちびまる子で出てくる内容は世間の目から見たら平凡なことが多い。

とはいえ、平凡を非凡にする力、着目する視点を変えることで視聴者を飽きさせることなくファンを増やしてきたんだよね。

中にはちびまる子を見て退屈だと思う人も居るんだと思う。

それが良いとか悪いじゃなくて、大人の日常と重ねてしまうから仕方がないことかもしれないよね。

でもね、朝起きられることから始まって、夜床に着くまで何もなく過ごせるのはすごく贅沢なことなんだよね。

仕事があるからご飯も食べられるし、眠ることも出来るんだよね。

働くことでストレスもあったりするけど、それよりも日々も大切さに重きを置くと違った日常が見えると思うんだよね。

ふかい

32歳になろうとしているぼくがちびまる子を今もなお好きなのは、そんな日常の大切さを忘れないようにするためなのかもね。

あ、だからかもしれないけど、サザエさんも好きだよ。

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ふかいあつし

ふかいあつし

1986年、長野県生まれ。田舎ののんびりした空気でスクスク育つ。大学時代は憧れで都会の愛知県に行って一人暮らしをするもコミュニケーションが出来ずに孤立を味わうことになる。卒業後は、家業の新聞屋にて就職。2年後に会社の過去の清算をすることを機に、幸せとは何かを考え始める。目指すは自分の真理を多くの人に伝えられるようになること。